地域と風土を醸す酒。「ドメーヌ」という挑戦

日本最大級のカルスト台地・秋吉台を源流にもつ厚東川。このゆるやかな川の流れに沿って田畑や家々が点在するのが、宇部市二俣瀬地区です。郷愁の念を呼び起こす里山の風景の中で、永山本家酒造場は130年以上前からその歴史を刻み続けています。
2002年より五代目としてこの酒蔵を引き継いだ酒造家・永山貴博氏は、フランスのワイン造りにおける「ドメーヌ」という概念に深く感銘を受け、米作りから醸造までを一貫して行う酒蔵としての新たな道を切り開いてきました。

水と土、そして米へのこだわり
酒造りの根幹を成すのは、水、土、そして米。永山本家酒造場で使用する仕込み水は、秋吉台から端を発し蔵の前を流れるミネラルを豊富に含んだ中硬水です。
米を洗うのに15t、仕込みに1tもの水を使用していることから、この土地ならではの水質が酒に奥深さと複雑さを与えているのがわかります。

さらに永山氏は2019年に農業法人を立ち上げ、酒蔵のすぐそばに広がる4ヘクタールの田んぼを使い、酒米の栽培にも力を注いできました。
「同じ品種の米でも、育つ土壌によって酒の味わいは大きく変化します。砂が多いこの土壌で育った米は、軽やかでほんのりとした甘みを持つ酒を生み出してくれます」と、永山氏は言います 。


ドメーヌという名の挑戦
2007年よりフランス各地のワイン醸造所を訪れるようになった永山氏。そこでの経験が、永山本家酒造場の酒造りの方向性を決定づけました。

「ワイン造りについて説明しようとすると、多くの醸造家たちはブドウづくりから説明してくれる。土地の個性と深く結びついたワイン造りの姿勢に感銘を受けたんです。農業(稲作)から醸造までを一貫して行う『ドメーヌ』という発想を軸に酒造りをしたいと、強く思いましたね」
目の前を流れる水を使い、目の前の土で育てた米のみで酒を醸す。そうして生まれた日本酒を、永山氏は「ドメーヌ貴」と名づけました。

「私の酒造りの上での大きなテーマが、『Think Globally,Act Locally』なんです」。世界を見据えながらも、地域に根ざした酒造りを行う。原料である米作りへのこだわりは、必然の選択でした。
「物のストーリーを伝えていく上で、まずどのような土地のストーリーがあるか。水もそうですし、土もそうかもしれません。そこから話を進めていかないと本当の意味でこの酒という透明な液体のストーリーを伝えるのは難しいですね」
純米酒へのこだわりと米の魅力を生かす
永山氏が蔵を継いだ当時、日本酒造りにおいては、まだ醸造アルコールを加える「普通酒」が一般的でした。しかし、永山氏は、広島にある醸造研究所で学ぶうちに、米と水だけで造られる「純米酒」に強い可能性を感じるようになったといいます。

「もちろん水と米と技術もあっての酒の味ですけど、私の場合はワイン造りの影響も強く受けているので、できる限りこねくり回したくない。原料と水の特徴をなるべく素直に表現したいんです」
永山氏の言葉からは、土地の恵みをありのままに表現したいという、彼の酒造りに対する姿勢がうかがえます。現在永山本家酒造場では、山田錦や雄町などの米の種類によって日本酒を造り分けており、約10種類の純米酒を手がけています。

そしてその酒造りは、その土地の食文化との調和も大切にしています。
「宇部は瀬戸内海が近くて、青魚や白身魚がいろいろとれて美味しいんです。私自身、普段からお刺身を日本酒と合わせていただくので、日々の食に合わせて相性がいい酒を造るというのも、大事にしていることの一つです」
伝統と革新の融合
今では多くの酒蔵が個性豊かな「純米酒」造りに取り組むようになっていますが、決して日本酒の世界が順風満帆というわけではありません。永山氏が酒蔵を継いだころには県内に50軒ほどあったという酒蔵も、今では県酒造組合に加盟しているのは20数軒にまで減少しています。

もともと、日本酒は日本の農業や神社でのお神酒といった神事など、その地域の文化と深く関わってきました。しかし、人口減少や都市部への流出、社会の変化から地域文化の存続や継承が危ぶまれる昨今、永山氏は、伝統的な酒造りが、現代社会の中で埋もれてしまうことへの危機感を抱いています。

「伝統を応援する気持ちや姿勢はもちろん大事です。ですが、伝統という名前に胡坐をかいてはいけないんです」
永山本家酒造場は、もともと二俣瀬村役場庁舎として使われていた築100年近くの建物を改装し、事務所として利用しています。現在、2階はカフェとして営業するほか、日本酒の醸造のかたわら、敷地内でビールの製造も行うなど、時代を見据えた試みも積極的に行っています。

伝統を大切にしながら、伝統にとらわれない。
その思いで醸し続ける「ドメーヌ貴」をはじめとした「貴」シリーズは、今や国内だけでなく、海外からも愛好家を増やし続けています。

山口から世界へ
2024年、日本酒の伝統的な製法がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、世界的に大きな注目を集めています。地域の文化醸成や伝承に寄与すると評価された日本酒。その中にあって、永山本家酒造場が追求する地域に根ざした酒造りは、まさに時代が求めているものともいえそうです。
「日本酒の海外展開というのは、今でこそ小さな酒蔵でも挑戦できるようになってきましたが、私が蔵を継いだ頃は、一部の大手企業に限られていました。ですがある時、たまたま訪れた酒屋で、すごく小さな造り手のワインが並んでいるのを見て考えさせられたんです。それまでは、大きなコンテナで積載できるぐらいの量を造っていないと採算が取れないと思ってました。でも、小さな単位でもフランスのワイナリーはできているじゃないか、と」
フランスの小さなワイナリーが世界で評価されているのならば、日本の小さな酒蔵も可能性はあるはず。土地に根ざした酒を実直に醸し続けること約20年、今ではアメリカ、カナダ、オーストラリアをはじめ約10カ国に永山本家酒造場の日本酒は広がっています。

永山氏は笑いながら言います。「いいものを作って、海外の人が山口のお酒をおいしいって思ってくれたらそれでいいんじゃないですかね」
謙虚ながらも、その言葉は、地域への愛情と、世界に誇れる酒を造るという情熱に満ち溢れていました。
Photographer Nahoko Morimoto
Profile

永山 貴博
酒造家 (永山本家酒造場)
1975年生まれ、山口県宇部市出身。醸造研究所で酒造技術を学んだ後、1997年より永山本家酒造場で酒造りに携わり、2001年に杜氏となる。2002年には純米酒「貴」の製造・販売を開始し、2003年に雑誌「dancyu」で地方の隠れた名酒部門1位を獲得。ヨーロッパのワイナリーを訪問した経験から「テロワール」をより強く意識するようになり、2019年に農業法人を設立。酒米の自家栽培に力を注いでいる。