土と火と人の間で。探求する作陶の哲学
2024年1月、アメリカの『The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)』紙が「2024年に行くべき52ヶ所」を発表し、日本からは唯一山口市が選ばれ話題を集めました。そして市内の観光名所と並んで紹介されたのは、ひとりの陶芸家——。
山口市水の上町にある毛利元就の菩提寺・洞春寺。その敷地の片隅で日々静かに作陶に向き合う陶芸家・舛井岳二さんの作品は、中国・宋や李氏朝鮮時代の白磁を彷彿とさせるシンプルさを備えながら、凛とした佇まいを持ち、見る者の心に静かな余韻を残します。

「自分がイメージしたものがそのまま形になっても、正直面白みがない。意図せぬものが加わった時に見える、“見たことのないもの”を探し求めています」
自身のコントロールを超えた「偶発性」と向き合い続ける作陶の面白さとは。世界も注目する陶芸家の哲学を紐解きます。
土と焼きと人
舛井さんは作陶を「土」「焼き」「人」の三つの要素で成り立つものとして捉えています。素材としての土、土を変容させる火、そしてそれらを操る人間。この三つの要素の絶妙なバランスから彼の作品は生み出されています。

「自分がコントロールできる部分とできない部分。この掛け合わせというか……特に『焼く』という要素は僕の中ではコントロールできません。そのバランスを自分なりに試し続けています」
いくら計画的に作陶しても、窯の中で起こる化学反応を完全には予測できません。火入れ時の気温や湿度、炎の当たり具合などによって形状が微妙に変化したり、予想外の色合いが現れたりすることも少なくないそうです。舛井さんは、それを制約と捉えるのではなく、むしろ予測不可能性を創作の重要な要素として取り入れています。

きっかけは、陶芸体験
1979年、舛井さんは山口市に生まれました。特にこれといってやりたいこともなく、高校卒業後、最初に志したのは、仏像彫刻師でした。

「学生時代から、“就職先”を探すことに興味が持てなくて、仕事ではなく『どう生きるのか』と、“生き方”を探していたように思います。当時、手塚治虫の『火の鳥(鳳凰編)』に感化され、直感的に『仏師になりたい』と思ったんです」
「仏像といったら奈良だ」と思い立ち、18歳の時にボストンバッグに数日分の衣類を詰め込み、山口から奈良へ。タウンページを開き、目に止まった仏像彫刻師に電話をかけ、弟子入りをお願いしますが、断られてしまいます。
弟子入り先が見つからず、一度山口に戻ることにした舛井さん。美大に進むように勧められましたが、自分の中では折り合いがつきませんでした。その後、北九州市で日雇い労働をするなど職を転々とします。そんな折、26歳の時に偶然にも萩市で偶然参加した陶芸体験が転機となります。
「陶芸は初めてだったのですが、気づいたら何時間も没頭してろくろを回していたんです。そんな自分に驚きました。当時、陶芸や器のことはまったく知らなかったですし、憧れがあったわけでもなくて。でも、何か夢中になれるものを探していたのかもしれませんね」

半年ほど通いで陶芸を学んだ後、萩市の萩焼窯元で住み込みの修業を始めます。自分の生きる道を長年模索していた舛井さんにとって、陶芸との出会いは「ようやく道が見つかった」瞬間だったのです。
未知の自分に出会うために
12年間の修業を経て、2021年、洞春寺の敷地内の納屋を改築し「水ノ上窯」を開窯しました。
「住職とは共通の友人を介して知り合いました。何の気なしに『独立先を探していて、お寺の敷地内で作陶できたら』と話をしたら、快く受け入れてくださったんです。かつて、仏師を目指していたことがこうしてつながるのか、と。不思議なご縁ですよね」

古くから地域に開かれた洞春寺は、近年、アートイベントなども開催され、伝統の中に自由な精神が生きる場所としても知られています。海外のアーティストが滞在することもあり、そうした異文化の価値観に積極的に触れ、共同で制作を行うといいます。
「環境が変わることで、目に入るもの、出会う人が変わり、そこから得られる情報によって、自分のアウトプットも変わってくる。意図して、ちょっと怖いなっていうところに自分を無理やり持っていかないことには、面白い自分、作品には出会えないんです」
彼にとって、共に制作する海外の作家たちは、「焼き」の工程における“偶発性”であり、自身の固定観念を揺さぶる存在でもあります。その出会いの先にある作品、そして自分を常に追い求めているのです。舛井さんは「土」と「焼き」に加え、「人」もまた作品を構成する重要な要素だと続けます。

「単に技術的な側面だけではなくて。『その時々の自分』というコントロールしきれない存在が、作品に色濃く反映されます。だからこそ、自分自身をコントロールが及ばない状況に置くことで、新たな自分の側面を引き出し、それを作品へと昇華させたいんです」
彼にとって陶芸とは、器を作り出す行為であると同時に、予期せぬ自己との出会いを通じて、より深く自己を理解するための探求の道なのかもしれません。
窯の蓋を開けるように
舛井さんに将来のビジョンを尋ねると、「もっといろんな世界に触れたい。自分の価値観を揺さぶりたい」という答えが返ってきました。そして「どんなふうになっていくかまだわからないけど……」という言葉に続いて、こう語ります。

「窯の蓋を開ける時と同じように、どんな風に焼き上がるのか楽しみですね」
計画し、形を作り、火を通し、それでも最後に何が生まれるかは完全には予測できない。その不確かさの中に美を見出し、新たな発見を期待する。それが舛井岳二という陶芸家のものづくりの本質——生き方そのものなのかもしれません。
彼の作品は、山口市水の上にある「水ノ上窯」で見ることができます。シンプルでありながら豊かな表情を持つ器たちは、日常に静かながらも確かな彩りを添えることでしょう。土と火と人間の絶妙なバランスから生まれる、コントロールとカオスの境界線上の美学を、ぜひ感じてみてください。

Photographer Nahoko Morimoto
Profile
舛井 岳二
陶芸家 (水ノ上窯)
1979年生まれ、山口県山口市出身。萩焼の窯元・大屋窯(萩市)で12年の修行を経て2021年、山口市にある毛利元就の菩提寺、洞春寺内に『水ノ上窯』を開く。萩焼の技術をベースとしながら、中国の宋白磁や李氏朝鮮時代の白磁、古墳時代の須恵器にあるような凛として佇まいのあるうつわを目指して作陶。扱う素材と自身の技術を用いてその時々の組み合わせによって生まれる新しい表現を常に模索している。